うずらまん「ぎょぎょ〜む日誌」

おはようからおやすみまでできるだけ楽しくと願う、うずらまんの日記。

香港へ/さらば愛しき香港!

▼ 最終指令!XO醤を探せ!
 夜が明けた。僕は一撃さんより少し早めに起き、まだ薄暗いうちから、ログを落としレスを書いていた。HKF-HPでは、僕たちの渡港に、驚く人、教えてくれれば一緒に行ったのにと言う人、妊婦を置いての旅行とは何なること!とお説教をする人など反応は様々だ。しばらくすると一撃さんが、起きてきた。書いたレスを送って、朝食に出た。今日こそは粥を食べたいなあと、二人でまたブラブラしいると、ちょうど君怡酒店キンバリーホテルの裏側に我々が喜びそうな小汚い市場を見つけた。そしてその中に入っていくと、あったあった、粥屋があったのである。
 店といっても市場の通路にあるような、そんな気楽なところだ。黙々と朝食をとっている香港人を観察すると、粥と関東煮カントダキのようなものを食べている。そして、その店の料理はそれが全てのようだ。席について、どうしようかと考える暇もなく、店のおばちゃんが我々を厨房というかなんといえばいいのか、とにかくそういうコーナーへ手招きをもっていざなった。我々はその手招きに吸い寄せられていった。鍋を指して、あれとこれとそれと、と適当に注文する。粥は肉片がはいった薄すぎず濃すぎずちょうどよい味だ。おかずは丸形ソーセージ(たしか〔牛丸〕って書いてたと思う)と、魚の蒲鉾ボール、厚あげの煮物などだ
 食後は別行動をとる。一撃さんは服や靴の探しに。僕は妻からの指令の、香港仲間のまゆみちゃんからの頼まれ物、ペニンシュラXO醤を買いに行かねばならないのだ。なにせ半島酒店ペニンシュラホテルに行けばいいのだから簡単だ…と思っていたら大間違いだった。
 トコトコと歩き慣れた彌敦道ネーザンロードを南下していく。半島酒店のとなりのYMCAはよく泊まっているので、僕の香港の起点はここになるのだ。地下のショッピングアーケードにあるという。そこで脇の階段を下りて地下に行く。トコトコ歩き回るが、アパレル関係ばかりで食料品、調味料の類を置いている店はなさそうだ。掃除のおばさんがいたので〔XO醤〕と書いたメモを見せ、
XO醤はいぴんと?」
 と訊いた。けれど「?」という感じで首をひねる。ええ〜っ? ペニンシュラXO醤知らないの? 中国で烏龍茶がポピュラーでないように、香港の人は案外料理に使わないのだろうか。おばさんは仲間を呼び寄せ僕のメモを取り上げてたずねてくれる。しかし、誰一人として理解した様子はない。その中のひとりのおばさんが、急にひらめいたように、上を指さし、上だ上だと、懸命に言っている。
「むご〜い(オオキニ)」
 と言って僕は上に上がった。

▼ 潜入せよ!『銀色世界』へ
 半島酒店ペニンシュラホテルは香港のみならず世界でも有数の超一流ホテルである。一九二八年創業、白亜の柱に大理石のフロア。細かい金細工が端々に施されている。香港の歴史の証人でもある。こんな気安い恰好でこんな格調高きホテルに入って良いものだろうかと、かなりビビりながら、でもわざわざ着替えに戻っていく時間はない。それにそれ用の服など用意していないのだ。しょうがないので鼻のすを堂々と広げて正面から入っていく。ドアマンが扉を開けてくれるが、明らかに怪しんでいるのでXO醤のありかを訊きそびれてしまう。
 少し奥にあるフロントでたずねてみようとするが、いかにも「胡散臭い」といった態度で、片手でおっぱらわれてしまう。相手にしてくれないのだ。うちひしがれて、絶望の気持ちでへたり込みかけたとき、フロアにやっと初老の従業員をみつける。そのおじさんにメモを見せ訊いてみる。やっぱり〔XO醤〕というのが、ピンッとこないらしい。うーんとしばらく考えた後、急にひらめいたように、下を指さし、下だ下だと言うのだ。そこを出て、いったいぜんたいどうなっているのだ? しかしそのおじさんの、穏やかで自信に満ちた顔を見ていると、それ以上訊いても答えは同じだとわかったので素直に従って、また地下におりていくのであった。
 結局下に降りてもみつからなかった。こんなことならみんなに秘密にしないで、HKF-HPでキチンと場所を教えてもらっておくのだった。
 時間が余りない午前中の行動だが、それでも用事がひとつキャンセルになってしまっては少し時間が余った。せっかくここまで来たので、そこで今回は計画上カットしていた件を片づけることにした。香港から毎月直接講読している映画雑誌『銀色世界』の定期講読の契約更新である。確かオフィスはこの近くだ。もう少し北に戻って、ちょい三越より。漢口中心というビルのB座にある。漢口中心もごたぶんに漏れず下は買い物ゾーン。そしてB座と言うのは上のオフィスビルへの入口が何カ所かあって、そのひとつである。前にも行ったことがあったので、迷わずに到着。入口のB座もすぐに見つかった。入ると六、七段の階段になっている。そこにイスを置いて便所おばさんのように、しょぼくれたおじさんが座っていた。
 あ、中華名物便所おばさんというのは、便所にイスを置いて座っていて、便所の掃除や、入った人に一回分の紙をちぎって渡したりと、香港の健全な便所生活を維持するための大切な人達のことである。便所出るとき、なにがしかのチップを忘れないようにしようね。そういえば僕はまだ香港では便所おばさんに出会ったことはなかったなぁ。
 上海の空港で、はじめてそういうおばさんに出会った。あちらは本場なので実に愛想が悪い。愛想が悪いのは共産圏だからかもしれないが。他にもエレベーターにイスを置いてすわっているエレベーターガールならぬエレベーターオールドボーイとか、飮茶屋の爪楊枝ホジホジ小僧とか、ディスコのガムテープ脱毛小娘とか、とにかくそういう人達が多いのが中華な文化なのだ。ちょっとウソ。でも便所とエレベーターにはよくおるよ。そしてその人たちのほとんどが、そこで得られるチップだけでつましい生活をしているというのだ。

▼ 言葉の壁を乗り越える愛!
 さて、僕はビルの入口のしょぼくれおじさんに『銀色世界』の封筒を見せ、身振りで(ここか?)と訊いた。少し眉を寄せながら、大きくうなづき、上がれと指さすおじさん。僕は素直に従う。封筒を見ると〔一〇字樓五室〕と書いてある。つまり一〇階の五号室ということ。僕が前に一度、編集部を訪ねたとき、怪しげで汚い、悪の巣窟死亡の塔のようなビルに潜入したあげく、看板だけを残して編集部はもぬけの空だったという思い出がある。一瞬僕の到着をいち早く察知して夜逃げをしたのかとも思ったのだが、その夜逃げには必然性がまったくないので、三秒で違うと確信した。ドアに小さな貼り紙があり、移転先が書いてあったのだ。この現在のビル漢口中心に引っ越してすぐの時だった。
 このビルはそう怪しくもなければ危険そうでもない。しかし、言葉の通じぬ異国である。用心に越したことはない。一〇階に着くとすぐに見覚えのあるピカピカの看板が目に入り、矢印に従って進んでいくと、懐かしいオフィスがあった。ベルを鳴らすと中から、とても美しい香港小姐ホンコンシュウチェ(香港のおねえさん)が登場。しかし、香港のオフィスはどことも二重扉になっている。まず普通のドアがあって、その外に鉄格子の頑丈なドアがもう一枚あるのだ。おねえさんに七秒半ほど見とれてしまったが、そこでハッと我に返った。何て言えばいいのだ? 前に来たときにもそれで苦労したはずだ。前の教訓が生かされていなかった! 今回は時間がないとあきらめていたので、準備を怠ってしまったのだ。とりあえず「アイアム・ジャパニーズ・リーダー…」などとウソ臭い英語は出てきたのだが後がつづかない。それでも「ウーン、ウーン…」と唸っている僕を観察した香港小姐は、危険な人物ではないと判断してくれたのか、身振りと英語のチャンポンで(英語が書ける?)と訊いてきた。とりあえずうなづく。鉄格子扉を開いて中にいれてくれた。
 メモ用紙を持ってきてくれたが、はてさて英語で何と書けばいいのだろう。メモ用紙を前にして脂汗をたらしながら、約三分間唸ってしまう。しかし、僕はその時、気づいてしまったのだ。そうだ、漢字があるではないか。
 そうなのだ。同じお箸の国の人だから、漢字が通じるはずである。全く同じ意味というわけではない部分も多いと知ってはいる。〔本屋〕などと書いて、とんでもない場所に連れていかれたなんて話もあるのは知っている。それでもなんとかなるものである。今までそれでやってきたではないか。しかし、美人香港小姐の前で、緊張の余り、僕はその漢字すら頭に浮かんでこなくなってしまった。〔ケイヤクエンチョウ〕仮名ではわかっているのだ。なんとなくなら浮かんできているのだが、あと一歩というところでピントがずれて像を結ばないのだ。ひょえ〜どうしよう。誰か、たぁ〜すけて〜! その時だった。僕はまたしても気づいてしまったのだ。カバンに、愛用のワープロOASYS Pocket2があるではないか。僕はカバンから素早くPocket2を取り出し、キーをたたいた。変換一発! 〔契約延長〕百億万ルクスの明るい笑顔を作って、僕は液晶ディスプレイを小姐に見せたのである。二人の間に、困難を乗り越えたなんともいえない平和な気分が漂う。このままこれから先の人生を二人でならどんな困難も打ち砕いて行けそうなそうな気分だ。そして無事に一年間の契約延長手続きを済ませることができ、我に返った僕はそそくさと編集部を後にしたのである。

▼ 不思議でおいしい〔ホットドッグチリソース〕
 君怡酒店キンバリーホテルに戻る。一一時一五分に一撃さんと待ち合わせ。出てくるときに、すでにチェックアウトは済ませ、荷物を預けておいた。それを受け取り、後は旅行会社の迎えのバスを待つだけである。一一時二五分、予定より五分早くバスは来た。ツアーのバッヂをつけていなかったのでニイチャンに怒られる。アホめ! あんな安モン臭いバッヂいつまでも持ってると思うな!
 今日は小巴ミニバスではなく、大型観光バスだった。しかし、乗り込んだ人数は行きの〇数人よりも若干少なかった。貸切りのようで気分がいいのだ。一撃さんは、お目当て以上の収穫があったらしく、靴や服を買い込んでいる。今回は前回と三日と開けずの香港だから民芸品の類が大好きな物産展一撃さんも泣きの涙で買い物をセーブしていた。最後になって被服関係に爆発したようだ。僕らの宿泊中のホテルでの電話の通話回数は五一回。そのほとんどが、通信だ。一回四HK$だから二〇四HK$(約二八〇〇円)テストしたりした分も含まれてはいるが、よく使ったほうではないだろうか。これが国際電話だったとしたら恐ろしいことになっていただろう。一撃さんの知恵と力と勇気に感謝しよう。バスは、寡黙に一路、香港啓徳国際空港にむけてひた走って行くのだった。
 啓徳国際空港に到着した。荷物は全部機内持ち込みだから世話はない。早々とチェックイン手続きも終えた一行は、空港内に入って検査を受けにいく。僕と一撃さんはその群れからはずれて少し腹ごしらえをすることにした。後は入っていくだけだから簡単だ。チェックインカウンターの右奥に進んでいく。何かファーストフードの店でもないものだろうか。階段を上がると店が何軒かある。あ、その前にトイレで身を軽くしておこうっと。一撃さんと代わりバンコで荷物番をする。
 トイレに入って、僕は見たのである。香港に来て三度目にしてやっと香港名物便所おじさんを。おじさんは、イスに座ってうつらうつらと実に気持ち良さそうにしていた。小用を済ませたあと、おじさんが座っている横に広げられているタオルの上に、そっとコインを置いた。おじさんはその瞬間だけ、眼を覚まし、ほんの少しだけおじぎをしたのだ。
 トイレの前にちょうど渋い感じのバーがあった。お酒だけではなく軽食もあるようだ。とても雰囲気がいいので、はいってみる。客は欧米人ばかりだ。全身アジア人の僕ら二人が入っていくが、別段どよめきが起こるわけでもなく、普通なのが安心した。
 とにかく何か頼もう。きっと飛行機に乗ると食事は出るだろうが、今朝から精力的に活動したので、かなり空腹状態なのだ。頼んだ〔ホットドッグチリソース〕というのは、普通の、パンに何か挟んだホットドッグのチリソース味かと思ったが、そうではなくて、豚の唐揚げだろうか、熱アツでめちゃうま。ソーセージのベーコン巻きも美味しかった。ここはめっけもんだったなぁ。そしてなによりもうれしかったのが、このめちゃうまの全部が一撃さんのおごりになったということだ。とーちぇ。

▼ 赤いランプの鉄人エクスプレス!
 空港売店で会社の同僚へのおみやげは金塊チョコレート。パッケージが金の延べ棒様になっているのだ。荷物の重さにたえかねた僕は、空港でキャスターを買う。アルミ製一八〇ドル。ひとつは欲しかったので、ちょうどいい。一撃さんの鞄は最新型のこぶりの〔機内持ち込み可〕が売り物のトランクで、引っ張る把手が、しっかりしていてながく伸びるものだ。あれいいなぁ。今度香港に行くときにはあれを香港で買うことにしよう。
 検査を済ませ、最後の買い物を空港内の売店で済ませた僕たちはやがて飛行機に乗り込んだ。今度はターミナルから飛行機まで直結ではなく、正面と真後ろが全開できる不思議なべちゃこいバスに乗せられて飛行機まで行く。タラップを上がって行くのも初めてである。海外旅行というとやっぱりこうでなくっちゃ、雰囲気が出ない。兼高かおるも、ビートルズも、ニクソン大統領も、アップダウンクイズもみんなみんなタラップだったもん。啓徳空港の地面を踏みしめるのは初めてなので感動する。
 機内に入って行くが、帰りは一撃さんと席がバラバラになってしまった。一撃さんは席につくなりPocket3を開いて、マシンガン式入力で何かを書いている。食事以外のときはほとんどキーを叩いていた。きっとHPへのレスだけではなくて、仕事のメールに対する返事とか、指示とかも電子の力でおこなっているのであろう。僕も真似をしてPocket2を開いたが、ようやく旅の緊張が溶け、すぐに瞼が重くなってきた。
 関西国際空港は、けっこう混雑していた。一撃さんは酒類があったので少し時間が掛かった。僕はなんにもないので、割りとスッスッスーと出てくることができた。さあて、どのルートで帰るか。初めは京阪のリムジンバスで守口までというのが楽かな?と思ったが、道路の渋滞に巻き込まれると時間が読めないので、それはやめておこう。インフォメーションカウンターのおねえちゃんに訊くとJRがいいと言うので行ってみたが、すぐの発車の便の切符が取れなかった。一時間近くも先のならあったが、馬鹿馬鹿しいので、南海のラピートにチャレンジすることにした。できれば、あの鉄人二八号のようなフォルムのラピートには乗ってみたいが、ラピートもかなりの人気らしいので、今日のような混んだ日に、果して切符が取れるだろうか。一撃さんは前回はラピートに乗れなかったという。
 ところが、ギリギリで取れてしまったのである。ふ〜っ。僕はもうとても感動しながら〔ぐんじょう色〕のラピートに乗り込んだ。意外と中はコンパクトな仕上げになっている。コルク色の内装はいいぞ。飛行機と同じような荷物入れが天井にへばりついている。窓が、少し広いけれど丸いのは飛行機を意識しているのだろう。ひじ掛けからは小型のテーブルが出るようになっている。しかし、この上にPocketを置いてチキチキ書くのはむずかしそうだと言うのが、どこでもPocket書き書きマン一撃さんの見解だ。北京語を話すビジネスマンのグループが乗り込んできた。発車まで間があったので、一撃さんに缶ビールと僕はコーラを買いにいく。
 今回の旅は非常に駆け足であったけれど、内容の濃い旅であった。いろんな人にも会えたし、いたずらも成功したし、美味しいものも食べた。たくさんの楽しい思い出がこんなにたまった。
 この旅では何より一撃さんの知恵と力と勇気と英語力に感謝しなければならない。僕のこの香港日記も細かい記述は一撃さんのHKF-HPへの書き込みをかなり参照させていただいた部分があるのだ。そして、臨月にもかかわらず、いたずらざかりの娘と戦いながら留守を守ってくれた、いろんな指令を出しつつ僕の香港行きを支援してくれた、そんな妻に感謝したい。ありがとう。様々な思いを乗せ、やがて群青色の走る鉄人ラピート二八号は、赤いテールランプを暗闇に滲ませながら、潮風の吹く連絡橋を渡って一路大阪へ向けて突っ走って行くのであった。