うずらまん「ぎょぎょ〜む日誌」

おはようからおやすみまでできるだけ楽しくと願う、うずらまんの日記。

ダンボー君もやって来た

▼両手の親指の付け根というか、親指のふくらはぎというか、このぽっこりとふくれているアーモンド状のところが筋肉痛。両手とも。多分土曜のカラザとのアクションの後遺症かと。

▼また菓子パンだ。栄養のバランスが良くないのはわかっているのだけど…。
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twitterでちと音声入力のことが話題に。そう、使えるレベルになってきているのは確か。でも手で打つのとどっちが楽かと考えると、まだ手で打った方が早いかな。また誤変換とか誤認識とかもあるし。ま、それも面白いけど。ただ手が離せない時とかには便利。歩きながらとかだと、画面をそんなにしっかり見てられないし。ただテレコにメモという習慣が馴染まない日本では音声入力というのもなんだか馴染まない感じではある。やってたらけっこう変な感じで見られるような。

twitterでwarakadoさんが書いていた。
「直ぐ戦前の軍事体制に戻ると声高に言う方々がマスコミ関係者に多くいる。本当に体験しているのは昭和一桁の方々が限度か? 記録はあるだろうが、それで見てきた様に不特定多数に言って良いのか? 私は子供の頃のから親や親族に聞いてきたので少し違うかなと思ってるが」
 僕も同じような感想をずっといだいている。マスコミは怖がりすぎなのか。それとも面白がって煽っているようにしか見えない。または、恐怖を煽ることで誰かが儲かるような図式があるのか。そしてそんな偏向報道好きのマスコミが流す情報を簡単に信じ込む。自分で何も考えない。なぜなのだろう。それは流行に乗っておくと安心みたいなところと根っこは同じ気がする。自分で考えないでいいのは楽だからだ。真面目に考えているように見えるし自分でもそう信じ込んでいるのだろうが、実は全て人の受け売りだ。

▼「備えよ常に」はボーイスカウトのなんかに書いてあるんだったかな。「人を見たら泥棒と思え」。どっちも大事だ。どっちかだけ言う人は信用しない。客観的、相対的、抽象的に物事を捉えることが大事だと思う。具体的というのはかえって見渡せないものが多くなる危険性がある。

▼音響実験室をスタジオとして借りてナレーション録音をした。今日は僕は録音係。

iPhone 4Sがしんどくなってきたら、僕の場合、そんなに電話は重要でないし仕事に関係ないのでiPhoneやめてiPod Touchにして、iPad miniとを980円Wi-Fiで使い、電話はWILLCOMに戻るというのがいちばんいい気がしてきた今日この頃。携帯電話は、音声通話の品質はPHSにはかなわない。携帯はデジタルゴニョゴニョになるし、一拍遅れる。PHSにはこのイライラはない。固定電話と同等のクリアな音で自然なテンポで会話できる。だけど、地方に行っても電波が欲しい人はいるし、条件が違うのだから、人に勧める気はない。

ブースカを追いかけてダンボー君もやって来た。早速たい焼きを眼を輝かせて狙ってる。うちに来たダンボー君はタミヤ君。いずれにしても食いしん坊。

▼今日の晩ご飯は、クリームシチュー。めっちゃおいしかった。ブロッコリーとトマトのサラダ付き。

▼帰りの電車では読書してた。今夜はパソコンを使いたくない(もうちょっと気楽さが欲しい)ので帰宅してからはこの組み合わせのみ。
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▼そうそう、akkiiさんに「遊んでみてください」と貸してもらったNewtonキーボード。変換かまして繋いでみたけど無反応だった…囧rz キータッチが小気味好いのに、残念。
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